鏡開き どんど焼きってなあに?

1月7日の七草がゆの日をが過ぎると、すぐに鏡開きの日がやってきますね!

「鏡開きって、洗面所にある三面鏡を開くのと同じ?」」と、子どもが小さい頃に真顔で聞かれて大笑いしましたが。

ところで、どうして鏡開きっていうのでしょう?

同じような時期にどんど焼きというのも、私が子供のころに田んぼでやった記憶があり、
確かお正月のお飾りを焚き火で焼いたような気がします。

いつもは戦いごっこばかりしていた近所の子供たちとも、この時だけはケンカもせずに仲良く火を囲っていたのは楽しかったけれど、理由までは、親にもちゃんと聞いてなかった気がする!
と、ふっとと思いまして、少し調べてみましたので、いっしょに見ていきましょう!

鏡開きとは?

 

鏡開きとは、年神様に供えた鏡餅を雑煮やお汁粉などにして食べ、一家の円満を願う行事で、一般的には11日に行います。

元々は鎧などの具足と一緒に供えた餅を雑煮にして食べる「具足開き」という武家の風習で、1月20日に行われていました。

しかし、三代将軍徳川家光が1月20日に亡くなったため、20日を忌日として避け11日に行うようになりました。

武家の風習だったので、刃物で餅を切るのは切腹を連想させるので、手で割ったり、木槌で砕いたりしたようです。だから「切る」という言葉を避けて「開く」という縁起の良い言葉を用いています。鏡は「円満」を意味するそうです。

 

どんど焼きとの関系

 

どんど焼きとは、主に小正月に行う火の祭のことで、元日にお迎えした年神様火に乗せて天にお返しする行事を意味します。

元々は平安時代に宮中で行われていた小正月は、吉書を焼く儀式だったそうです。

どんど焼きでは、神社などに、正月のお飾りや書き初めを持ち寄って焼くことになります。

「その時の火で、鏡開きをしたお餅を焼いて食べると、一年間無病息災で過ごせる」「火に当たると若返る」とか、「書き初め」を焼いた炎が高く上がると字が上手になるなどといわれていますね。

私も子供のころに神社ではありませんが、冬で水が抜かれたカラッカラの田んぼの真ん中で焚火をして、書初めを書いた半紙や、なぜかお絵かきをした絵をもっていって焼き、棒に団子状に突き刺したお餅を食べた記憶がうっすら残っています。

絵が上手くなったかどうかは疑わしいですが・・・

小正月1月15日に行います。
元日を大正月というのに対して呼んだので、小正月というそうです。

松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で「女正月」とも呼ばれています。
関東では11日までを松の内といいますが、関西では、小正月までを松の内とされています。

年神様や先祖を迎える行事を行う大正月に対して、小正月は家庭的な行事を行う正月で、実は、お盆と同様に大切な節目とされています。

大正月には門松を飾りますが、小正月には餅花(もちばな)などを飾ります。これは、その年の豊作を願う予祝の大切の行事だったので、小正月「花正月」とも言われています。

そして、小正月の日の朝には、鏡開きのお餅を入れた小豆粥をいただきます。
昔中国では、小豆粥を炊いて家族の健康を祈る習慣があり、日本でも無病息災と五穀豊穣を願い粥をいただく風習が残っています。

ちなみに、秋田の「なまはげ」は、大晦日の風物詩として有名ですが、江戸時代までは小正月に行われていたそうです。

 

鏡開きの日にやること

 

最近は、パックなど小分けにした餅が入った鏡餅が主流になってきていて、大きなお餅を割るという行為はなくなりつつあります。

でも、お供えしたお餅をお汁粉などにして子供たちと頂くということを毎年すれば、子供たちと一緒に日本の伝統行事を楽しみながら、自然にその伝統行事を子供たちに伝えられるので良いですよね。

さて鏡開きは、パック餅ではなく伝統的な鏡餅の鏡開きの場合は一仕事になります

刃物を使わずに、木槌や金槌などで叩いて鏡餅を小さく割っていくのですから・・・

固くなった餅を切らずに小さくするのは、なかなか大変ですが、カチカチに乾燥した鏡餅を少しずつ叩いて、ヒビが入ってから勢いよく叩くと、はじけるように割れていきます。

私も、子供の時に父が大きな鏡餅を金槌で叩いて、餅にヒビが入って行ったのを覚えています。

しかし、きれいに餅を割るには、餅が相当乾燥していないとなかなかうまくいきません。

現代の場合は、餅を半日ほど水に漬けてから、耐熱容器に入れてラップをし、電子レンジにかけて、柔らかくしてから手でちぎるとよいようです。

あまりレンジにかけすぎると、餅が爆発してしまうので要注意です。

そして、鏡開きの餅の料理の定番といえば、雑煮やお汁粉ですよね。
我が家では、だんぜんお汁粉(小豆ぜんざいに近いですが)派で、毎年、7日の七草がゆと同じくらい1年に一回の貴重な大好きなお汁粉を食べる機会となっています。

また、鏡開きで年神様を見送り、お正月に一区切りつけるということは、その年の仕事始めをするという意味があるそうです。
剣道などの武道で、新年の道場開きに鏡開きとしてお汁粉をふるまったりするのは、その名残りのようですね。

そして、前の項で書きましたが、この割れた鏡餅のかけらに櫛を刺しておき、15日に子供たちのお楽しみの一つとして火を囲ってどんど焼きをして、お飾りや書初めを焼き、お正月行事はすべて終わりとなるわけです。

 

まとめ

 

今回は、鏡開きと、近い日に行われるどんど焼きの事を調べていきました。

私は、幸い田んぼのある藁ぶき屋根の本当の農家で幼少期を過ごしたので、親戚一同総出のお正月前の年末のお餅つきから、親たちが鏡餅を作ったり、のし餅を作って切り分けたりしたこと。

そののし餅の半端の端っこを分けてもらい姉妹で分け合ったりしたことも覚えています。

また、お正月の後の七草がゆの七草も、裏山で一部摘んで来て七草粥を食べたり、どんど焼きをしたり・・・・・と生でお正月行事の一連を体験できていたのだなーと改めて感心しました。

今は、ダイオキシンの問題等があるので、たとえ田んぼがあっても焚火も簡単にはできないですよね。

子供たちには、私が子供のころに体験したお正月行事の写真も残っていないで、お正月のたびに、鏡開きのことや、どんど焼きのことなどを毎年繰り返し話をしていこうと、この記事を書きながら思いました。

みなさんも今年一年の幸せを願って、今年は鏡開きの日にお汁粉やお雑煮などをつくって、ご家族と一緒に召し上がってみてはいかがでしょう?

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